京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1392号 和解
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《付》
タクシーの運賃値上げが独禁法に違反するとして提起された損害賠償請求事件について裁判上の和解が成立した事例
〔和解調書〕
(事件の表示)
昭和五七年(ワ)第一三九二号
(期日)
昭和五九年一一月三〇日午後一時〇分
(場所)
京都地方裁判所第四民事部
裁判長裁判官 石田眞
裁判官 小山邦和
裁判官 中村俊夫
裁判所書記官 塩貝和也
(当事者の出頭状況等)
(民訴法第一四三条第四号の事項)
原告 田中幸子
原治子
鈴木さき
原告代理人 井上善雄
川谷道郎
島川勝
村山眞
被告国指定代理人 森下康弘
速水彰
西田饒
安富正文
森敏幸
被告国指定代理人 奥西章
被告協会弥栄代理人 田邊照雄
被告エムケイ代表者 南部昌也
被告エムケイ代理人 松浦正弘
各出頭
(手続の要領等)
左記のとおり和解成立
(当事者の表示)<省略>
別紙のとおり
(請求の表示)
別紙のとおり
(和解条項)
別紙のとおり
裁判所書記官 塩貝和也
〔請求の趣旨〕
一、被告国、同京都乗用自動車協会は、連帯して各原告に対し、金一万円およびこれに対する本訴状送達の日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、被告彌榮自動車株式会社は別紙目録記載の各原告に対し、同目録記載の金員およびこれに対する訴状送達の日より支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三、被告エムケイ株式会社は別紙目録記載の各原告に対し、同目録記載の金員およびこれに対する訴状送達の日より支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
四、訴訟費用は被告らの負担とする。
との裁判および第一〜三項につき仮執行の宣言を求める。
〔請求の原因〕
第一、はじめに
一、本件は、市民の重要な「足」であるタクシーの運賃値上げが私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」と略称する)と道路運送法に違反して強行されたことについて、その責任を問い、利用者の損害の回復を求めるものである。
二、タクシーは鉄道、バスと並ぶ一般的な陸上旅客輸送手段として市民生活に欠かせないものであり、その運賃の決定は利用者の生活に大きな影響を与える。
ここにタクシーに対する政府の規制の根拠が認められてきた。道路運送法により、タクシーは運輸大臣の免許事業とされ、運賃については認可制が採用されている。このうち運賃変更の認可処分権限は、各都道府県所轄の陸運局長に委任されている(京都市域のタクシー運賃変更の認可処分権限は大阪陸運局長に委任されている)。
ところで、タクシー運賃は、タクシー事業者とその利用者間の最も重要な取引条件である。自由競争社会においては、利用者は、事業者相互間の競争の下で、より安くより良好なサービスを求めて事業者を選択することが可能である。そして利用者はこのような選択を通して価格その他の取引条件の形成に参加することができ、その利益を守る手段が保障され、これによつて事業者と対等な地位が確保される。しかし、実際には右建前とは異なり、タクシーについて自由な競争は制限されており、利用者の保護はこの意味からも特に配慮されなければならない。すなわち、タクシーは免許事業としていわゆる参入規制がなされており、運賃については事業者の申請に対して国がこれを認可する方式がとられているのであるから、二重の意味で国は高度な利用者の保護の責務を負うといえよう。ところが、現実の運賃決定をみると、法の目的である利用者保護の立場でなく、既得免許事業者の利益擁護の立場に立つてこれがなされていると思われる事案が少なくないのである。
近年、消費者団体等は、消費者(利用者)を運賃改定における利害関係人と認め、聴問その他の運賃決定手続において「知る権利」「意見を反映される権利」等消費者の基本的権利を保障するよう運輸当局に要望している。しかし、運輸当局は、既得免許事業者を利害関係人として認める一方で利用者をその対象から排除し、形式的にも実質的にも事業者(とりわけ自由な競争のもとで運賃とサービス面で利用者に、より良い条件を提供しようとする努力をなすことの少ない保守的既得事業者)の利益擁護に走つているのである。
三、今回、京都では、被告エムケイ株式会社が昭和五七年三月一一日付で大阪陸運局長に対して行つたタクシー運賃の値下げ申請を契機に、昭和五六年八月二五日の値上げ認可をめぐる違法行為や同値上げが正当な理由のない誤つた値上げであつたことが明らかとなつた。
そして、昭和五七年五月六日に公正取引委員会は、被告京都乗用自動車協会(以下被告京乗協という)に対して、被告京乗協の行為を独占禁止法違反のおそれがあると警告した。
このような被告京乗協による独占禁止法第八条違反の活動によつて右値上げが遂行されたことは到底容認できないことであり、また、同一地域同一運賃という施策を強行するため京都タクシー業界に値上げ同調工作を指導し、自らも同調値上げに一役買つた運輸当局の行為は、法の目的とする消費者保護の使命に背くものといわなければならない。
かかる違法な値上げ申請と認可処分によつて、昭和五六年一〇月一日以後、京都市域のタクシー運賃は14.5%値上げされ、利用者は高額な出費を余儀なくされているのである。しかも、右値上げの不当性を主張して被告エムケイ株式会社は、昭和五七年三月一一日、値下げ申請に踏み切つている(消費者からは京都市域全体のタクシー料金を元にもどせとの値下げを求める声が高いが他社はこれを拒否している)が、大阪陸運当局は現在までこれを認可しておらず、また利用者の損害を回復する是正措置もとつていない。
四、原告ら利用者は京都市域のタクシーを日常利用するものであるが、かかる違法値上げ申請、これに対する大阪陸運当局の認可および認可にかかる高額な運賃そのものを承服できない。
ここに被告国と被告京乗協に対しその責任を追求し、損害の賠償を求める次第である。
また、今回の同調値上げを推進した被告京乗協の主導的地位を占め京都タクシー業界大手の被告彌榮自動車株式会社(以下、被告弥栄という)と右業界および行政当局の“圧力”に屈して理由のない値上げ申請をおこなつた被告エムケイ株式会社(以下被告エムケイという)に対しては、不当な利得を返還して損害を償うよう求める次第である。
第二、当事者
一、原告
原告らはいずれも京都市内の肩書地に居住する住民であつて、日常、タクシーを利用する者である。
二、被告
1 被告国は運輸省当局をして一般乗用自動車運送事業(いわゆるハイヤー、タクシー、以下タクシーと呼ぶ)の運賃料金の変更認可や行政指導等公権力の行使をなさしめている者であり、運輸省設置法、道路運送法、消費者保護基本法等により利用者を保護する責務を有する。
2 被告京乗協は、京都市域のタクシー事業を営むタクシー会社四四社を会員とする社団法人であり、今回京都市域のタクシー業界の同調値上げを推進し、当時会員であつたエムケイグループ三社をして同調値上げをなさしめた事業団体である。
3 被告弥栄は、代表者粂田禎雄をして被告京乗協の会長として送りだしている京都市域タクシー事業者中の有力会社であり、車数四〇〇台を保有する。同被告は、その関連会社三社とともに(これらの保有車数は合計八三五台である)、昭和五五年一二月二日、業界のリーダーとしてタクシー運賃の値上げを申請し、かつ被告京乗協の他の会員、とりわけエムケイグループ三社の同調値上げを強力に推進したものである。
4 被告エムケイは保有車数四五一台の有力会社であり、(エムケイグループ三社では六四三台)、昭和五六年八月一四日の値上げ申請直前までは値上げは不要でありこれに反対との立場を表明していたが、運輸当局と業界の“圧力”により同調値上げをおこなった。
第三、本件タクシー運賃値上げに至る経過と違法行為
一、京都市域タクシー運賃の値上げ
申請
京都市域のタクシー運賃は昭和四七年一月に平均値上げ率32.9%、五二年四月に同29.0%、四九年九月に32.9%、五二年四月に20.1%、五四年八月に14.3%と値上げが認可されてきたが、早くも昭和五五年に入るとタクシー業界から値上げ申請の準備が各地域の事業者団体の協議の下に始められた。
京都市においては、被告京乗協は他の六大都市の事業者団体と協議を経て、タクシー運賃値上げの決定をなし、構成事業者によるその実施を推進した。その結果、昭和五五年一二月二日、被告弥栄らが大阪陸運局に対し値上げ申請したのを皮切りに、同月末までにエムケイグループ三社をのぞく法人タクシー四四社(五、一三八台)が16.3ないし24.57%の値上げ申請をおこなつた。
これに対し、エムケイグループ三社は、タクシー値上げは実車率の低下を招く等を理由にこれを避けるべきだと主張して、被告京乗協の同調要求にかかわらず昭和五六年四月に入つても値上げ申請反対の態度を崩さなかつた。
二、エムケイグループ三社への同調
値上げ要請と圧力
京都市域においてエムケイグループ三社のみが値上げ申請しないことに反対し、六大都市一括処理、同一地域同一運賃の方針をとる運輸当局は、エムケイグループ三社の値上げを促すような動きをするようになつた。早くも昭和五六年四月一日には西村泰彦大阪陸運局自動車部長は「エムケイ三社の運賃未申請は悩みのタネです」と発言している。同年六月に入ると、被告京乗協は本格的にかつ強力にエムケイグループ三社に値上げ申請を求めるようになり、かつ、エムケイグループの未申請により六大都市のタクシー運賃の値上げが延びることになると主張して、各地域の事業者団体の連合体である社団法人全国乗用車自動車連合会(全乗連・川鍋秋蔵会長)がエムケイグループ三社の値上げ要求に加担するようになつた。すなわち、同年六月二五日には全乗連の高木正延経営委員長が、六月三〇日には右高木委員長と被告京乗協の粂田禎雄会長が被告エムケイを訪問のうえ同グループ三社に値上げを要求した。
同年七月に入つて、エムケイグループ三社に対する値上げ要求は一段と激しく、かつ、運輸省も加わるようになつた。すなわち、同月一三日、値上げ申請をしていない被告エムケイの青木定雄会長と西村大阪陸運局自動車部長との面談がおこなわれたり同月一五日、右西村部長らが夕刻京都に出向く等、活発な動きが見られた。同月一六日、京都ホテルにおいて、被告京乗協の粂田会長、大木博副会長、松浦大輔専務理事外数名、二つの京都個人タクシー組合の村口定男、清水伊之助両理事長と被告エムケイの南部昌也社長、株式会社駒タクシーの原五三郎社長、株式会社三和交通の大塚輝雄社長らの間に会談が持たれた。席上、被告京乗協側より、値上げしないと業界の運賃秩序をくずすことになる等と値上げに同調するよう強い要求がなされた。しかし、これに対しても、エムケイグループ三社は値上げに応じない意向を表明した。
翌一七日、被告京乗協の粂田会長および松浦専務理事は、全乗連高木、新倉尚文両副会長とともに運輸省の某幹部(この幹部の名については被告京乗協は伏せているが、新聞によれば塩川運輸大臣とみられる)から呼ばれ東京に赴いた。同幹部より粂田会長らは次のように指示された。すなわち、運輸省は「六大都市一括認可、同一地域同一運賃の原則を崩さない。エムケイグループ三社が未申請であるかぎり六大都市の認可をしないので業界で全力をあげて調整をしてもらいたい。」と。
以後、被告京乗協は、個人タクシー組合の村口理事長らと、全力をあげエムケイグループ三社に値上げ申請をせまるようになつた。
そして値上げ申請に応じぬエムケイグループ三社に、運輸当局も加わつて連日の「説得」活動がおこなわれ、六大都市の値上げ認可遅延がエムケイグループ三社の未申請が原因であると主張し、また、全国のタクシー業者の利害をからめて値上げ申請を求めるようになつた。
この間のエムケイグループ三社の値上げ申請への“圧力”の状況は、一部業界紙が「粂田禎雄・京乗協会長は、青木定雄氏と十回以上も会談するなど精力的にかけ回つた」と評する程であつた。
そして、かねてエムケイグループ三社が値上げしないと公言をしていたため、右青木会長らの“こぶしおろし”に被告京乗協はもとより西村大阪陸運局自動車部長、古橋忠昭京都陸運事務所所長らも「一役買つた」のである。
三、エムケイグループの値上げの申請と認可
このような圧力をうけて、昭和五六年八月一四日、被告エムケイグループ三社は京都陸運事務所に値上げ申請を提出するに至つたのである。
大阪陸運局は右申請を直ちに受理し、その旨を即日公示した。そして昭和五六年八月二五日認可処分をおこなつた。この間わずか一一日であり、エムケイグループ三社の値上げ申請について審査は事実上なかつたといつても過言ではない。
その値上げ理由の要旨は、「値上げは断じて避けるべきだが六大都市を一括して改定する慣習になつており、小社がひとり値上げしなければ他の五大都市に迷惑をかけることになり本意ではないが同調値上げをする」というおよそ正当な値上げ理由にならないものであつたが、運輸当局は八月二五日認可というスケジュールをあらかじめ設定しており、理由なき認可を強行したのである。
第四、本件値上げの違法性と責任
一、以上に述べたように、被告京乗協による運賃値上げの決定、それにもとづくエムケイグループ三社をも含めて構成事業者らによる値上げ申請、これらに対する大阪陸運局長による認可、その結果として京都市域におけるタクシー運賃が14.5%引きあげられてそこにおける競争が実質的に制限された。また被告京乗協はその構成事業者であるエムケイグループ三社に同調値上げを強要してこれらの価格決定を不当に制限した。これらの行為は独禁法八条に違反する。また、値上げの理由のない値上げを京都市域タクシー業界と運輸当局が断行したものであるがこれは道路運送法八条に違反する。原告ら利用者はかかる驚くべき違法行為を知らされず値上げ運賃を支払わされてきたのである。かかる被告京乗協の行為や被告国の運輸当局の公権力の行使は民法七〇九条および国家賠償法第一条にいう不法行為であり、その故意責任は明らかであつて、共同不法行為により連帯してその損害の賠償をすべき責任がある。
また、被告弥栄、同エムケイは、右のような違法行為により運賃値上げの認可を得ているが、かかる値上げ認可は違法無効というべきである。かくて被告らタクシー会社は不当に高い運賃を得ており、右値上げ分は民法七〇八条にいう不当利得というべきである。
なお被告エムケイは、今や右値上げの不当性を自認し、昭和五七年三月一一日値下げ申請に及んだ程である。
よつてその差額分を返還すべき責任がある。
第五、損害
原告らはタクシー利用者として昭和五六年一〇月一日の値上げ以後、日常現在の認可料金を支払つている。その損害は原告各人の利用回数およびメーター料金によりそれぞれ相違するが、原告らの損害は少なくとも一万円を下らない。
さらに原告らの各被告会社のタクシー利用は別紙目録記載のとおりであり、その利用に伴う被告弥栄、同エムケイの得た不当な利得は同目録記載の金員のとおりである。
被告エムケイ株式会社に対する請求債権目録<省略>
被告彌榮自動車株式会社に対する請求債権目録<省略>
〔和解条項〕
一、被告社団法人京都乗用自動車協会は、昭和五六年度の京都市域のタクシー運賃改定において、独禁法第八条に違反するおそれがあるとして、公正取引委員会より警告されたことに鑑み、今後このようなことがないよう十分に留意する。また被告国においても、この点について十分に指導する。
二、被告社団法人京都乗用自動車協会及び被告会社らは、タクシー運賃の改定にあたつては、改定が利用者の重大な利害にかかわることに鑑み、利用者に対し運賃改定申請の根拠について詳しく公表説明を行い、かつサービス問題等を含め利用者の意見を聴取する必要のあることを認め、いわゆる民間公聴会に出席し、説明並びに質問に対する回答を行う。
民間公聴会の開催方法及び内容については、上記の趣旨にのつとり原告らを含む利用者団体と別途協議するものとする。
三、被告国は第二項の趣旨にのつとり、京都市域のタクシー運賃改定にあたつては、運賃及びサービス問題等に関する情報を提供し、民間公聴会に出席して利用者団体等各種の意見を聴取すると共に査定原価の公表を推進する。
四、被告社団法人京都乗用自動車協会は原告らに対し、本件和解金として金一〇九、四九〇円を、昭和五九年一二月八日限り原告ら訴訟代理人弁護士井上善雄の法律事務所に持参又は送金して支払う。
五、原告らはその余の請求を放棄する。
六、原告らと被告らとの間には本件に関し本和解条項に定める以外何らの権利義務の関係がないことを確認する。
七、訴訟費用は各自の負担とする。